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真の課題設定に求められる「インテグリティ」

東洋経済オンライン 岸田 雅裕 : ラッセル・レイノルズ 日本代表

東京オリンピックの最中で新型コロナウイルス感染症が急拡大、菅義偉内閣の支持率も急降下している。「失敗の本質」が繰り返されている根因に政治家をはじめとするリーダー人材の「インテグリティの欠如」がある。『INTEGRITY インテグリティ:正しく、美しい意思決定ができるリーダーの「自分軸」のつくり方』を上梓した岸田雅裕氏が、解決すべき真の課題を設定するのに必要な「インテグリティ」について説く。

「世界はこうあるべき」という理想を持つ

言い尽くされていますが、今はコロナ敗戦、「失敗の本質」が繰り返されている状況で、菅義偉内閣の支持率が下がり続けています。

明確ではない目的、錯綜する戦略目標、空気が支配する意思決定、戦力の逐次投入、Plan Bなき戦い……。

また、政治家と官僚の「無謬性の神話」(間違えてはいけない=間違えない、間違いを認めなければ間違いにならない、という発想)の弊害がこれだけあらわになっているのに、やったことの検証システムがない。「学習しない組織」です。日本という国の運営にインテグリティがまったくありません。

インテグリティのある人の条件の1つに、「課題設定ができる」ということがあります。「自分は世の中をこういうふうにしたい。それにはここをこうする必要がある」というように課題を設定して、その課題解決に向けて努力していく。それがインテグリティのある政治家であり、行政官であり、ビジネスパーソンだと思います。

新型コロナウイルス感染症の対策でも、感染者数を減らすのか、重症者数を減らして医療崩壊を防ぐのか、ワクチン接種を加速させるのか、若い人の接種率を上げるための施策をとるべきなのか。政治や行政が、真の課題を見極めて、やるべきことの優先順位をつけて取り組んでいるようには見えません。

これまでの時代は、「何か明確な問題があって、その答えを探す」ことができれば優秀だと認めてもらえました。このときに必要なのは、中学入試のように、あるパターンの思考をすれば問題を因数分解できて、問題を解くことができる能力です。これはこれで大事かもしれません。しかしある程度の能力があれば、問題解決はできることが多いのです。

これからのビジネスにおいては、そもそも何が問題なのか、問題を定義する能力のほうが重要です。しかし課題や問題を定義すると言っても、どうすればいいのかわからないかもしれません。

課題や問題を定義するためには、「世界は、社会はこのようであるべきだ」という理想を持つことです。理想があれば現実とのギャップが見えてきます。

「未来から学ぶ」ことができるか?

別の言い方をすれば、「未来から学ぶ」ということです。過去からの発展と自らの問題意識を重ね合わせると、あるべき未来の姿が見えてくる。その実現に確信を持てる。歴史を学ぶと言っても、単に過去から学ぶだけでなく、未来を見通し、そこから直観的になすべき決断をする。

今の世の中は、「世界はこうあるべきだ」と、青臭い理想論を語る人が少ないのではないでしょうか。理想を語ると、すぐに「そんなこと、簡単じゃないよ」とか、「現実を知らないからそんなことが言えるのだよ」とか言われてしまう。

若い人の起業が増えているなど新しい時代が来る予感もありますが、まだまだ日本全体のビジネス・コミュニティーの新陳代謝を早めるまでには行っていない。出る杭は打たれるというか、既存の産業ごとの壁とか、産業の中の秩序とか、ヒエラルキーを壊すということに対して、拒否感がある社会なのは確かだと思います。

課題設定力のある人は、たとえば経営者ならば、次のような発想をすると思います。

今自分たちが携わっている産業で、たとえば利益率が落ちているとしましょう。それには何か原因があるはずです。日本の中では強くても、外国で強いプレイヤーが出てきているのかもしれないし、まったく異なる業界からやってきたプレイヤーにシェアを奪われつつあるのかもしれない。とくに今はテクノロジー業界から、自分たちの仕事を代替するプレイヤーが出てくることが多い。

そういうとき、多くの経営者は狭い範囲で、自分たちの仕事やそのやり方を変えようとします。短期的に利益を回復させようと動く。しかしそれでは次の年も同じことをしないといけなくなります。

そうではなくて、「あっ、これは産業が変わる局面なんだ」と気づいたら、「自分たちは今失うものがあろうとも、果敢に前に出ていって、その産業や自社のポジションも変えなければいけない」と考えるのが、産業を変えられる人です。

たとえば今まではモノを売っていたけれど、それだけではレッドオーシャンで激しい競争にさらされる。日本企業にできることは、韓国企業でも、台湾企業でも、中国企業でもできる。そうではなくて、そこにサービスをつけて産業を変えてはどうか。

社内の軋轢を乗り越えられるか?

サービスを作るにはかなりテクノロジーがいる。自分たちにテクノロジーがないのであれば、テクノロジーを持っている会社と組むか、買収を考えるところまで行くでしょう。

しかしこれを実行するには、社内で大きな軋轢を生むことは容易に想像できるでしょう。今のところはモノづくりをしていれば商売が成り立つのだから「何でそんなことしなければいけないの?」と反発される。それを乗り越えてこそ産業を変えることができるわけですから、ちょっと会社の経営をよくするとか、そういうことではありません。

インテグリティのある人は、産業自体を変えて「こういう世の中のほうがいいんだ」という理想を描くことができる。そしてそのビジョンに賛同した人がそれについていくものです。

社会を変えようと言わない限り、会社は変わらない。もし10年後も生き残っているとしたら、その会社は変わっているということだし、会社が変われなかったら10年後に生き残っている可能性は低いでしょう。

今、自動車業界では、自動運転車に注目が集まっています。これは従来の自動車の概念を超えたもので「スマホにタイヤがついたもの」と言ったほうが正確でしょう。いずれは自動運転車が主流になることは間違いありません。あるいは自動運転車を動かすのは、もはやクルマではなくグーグルかどこかが構築したシステムになっているかもしれない。

「そのシステムと接続しないクルマは都内には入れません。その代わり都内では一切事故はありません」ということになっているのかもしれない。そうなったとき、今の自動車メーカーが作るのはただの箱です。トヨタやホンダ、日産という会社そのものは残っているかもしれないけれど、モビリティーのシステムの下請けになってしまうでしょう。

同じようなことが、あらゆる産業に言えます。このような時代には、抜本からビジネスモデルを変えなければ生き残れない。そのときの基準として「どういう社会が今よりよい社会なのか」とか、「何がより美しい生き方なのか」が重要になると思います。

理想を持つ経営者に学ぶ「課題設定力」

インテグリティの条件の1つである、「理想を持って課題設定ができる力」。それを持っている経営者を、私は学生時代から知っています。リクシルの代表執行役社長兼CEOに復帰した瀬戸欣哉さんです。大学に入学した1979年の4月、お互いが18歳のときから、もう40年以上の付き合いになります。

彼は住友商事にいたとき、社内ベンチャーで現在の「モノタロウ」という工場副資材の通販サイトを創業しました。その前に私は瀬戸さんから、「こんなビジネスを考えているのだけど、面白いと思う?」と聞かれました。

つまり、現在の工場副資材というのは流通が多段階に分かれている。ネジ1本が何段階もの流通段階を経て取引されているので、値段も高くなるし、手に入るまで時間もかかる。でもインターネットという技術を使ったら、一物一価となり、高い物を買わされている人は少なくなるのではないか。

でもそうなると、言葉は悪いけれど中抜きしていた人にとっては非常に困ったことになります(実際、瀬戸さんの自宅にはいやがらせの手紙が届いたといいます)。でも彼には「何段階もの流通経路を経るのではなく、必要なものが早く手に入る世の中のほうがいい世の中だ」という理想があった。彼はモノタロウをつくれば儲かるという動機から始めたのではない。「そういう世の中がいい世の中だ」ということを信じているから、モノタロウをつくったのだと思います。

それまで工具や材料、部品は同じものでありながら、値段があってないようなものでした。たとえば自動車メーカーはネジを1本5円で仕入れているかもしれないけれど、町の自動車修理業者が買おうとすると50円とか100円とかになっているかもしれない。

自動車メーカーはたくさん買う、町の修理業者は1個しか買わないという理由もあるかもしれないけれど、何重もの流通構造のすべての段階でみんなが在庫を持って、すぐ届けられるようにしなくてはいけないから、どんどん価格が高くなっていくのです。

しかしインターネットを使ったら、自動車メーカーが買うのと同じ値段にはならないかもしれないけれど、情報が透明になって一物一価に近づくはずではないのか。

「非効率」を正すことに勝機(商機)あり

情報の非対称性=非効率を正すことに勝機(商機)がある。瀬戸さんは世の中には情報の非対称性があって、そこを正して非効率な状態を効率的にするから、その結果として儲かるのだと思っている。

非効率なところには勝機があって、それをあぶりだしてビジネスにすると、それは社会にとってもよいことだし、企業にとってもよいことである、という信念がある。言ってみれば、瀬戸さんはそれを繰り返しているのです。ですから瀬戸さんにはインテグリティがあって、基本的にあまりブレがないように思います。

彼は、リクシルでも同じように、「こういう商習慣はよくないから、変えましょう」と非効率な部分を効率化している。彼の考えはそういう意味で一貫しているのです。

大学生のとき、彼は海外旅行に出かける際、現金はそれほど持たない代わりに家電量販店に行って、当時、5000円くらいの電卓のついた液晶時計などを何十個も買います。それを旅先で1万円とか2万円とかで売るのです。

また日本で買えば二束三文で売っているような小物を、旅行先で現地の人にプレゼントする。すると「じゃあ、うちに泊まりなよ」と言ってもらったりする。今思えば彼はこのころから情報の非対称性に潜む価値を見抜いていたのでしょう。

突破者が突破するのに必要なのがインテグリティ

社会はこう動いている。やりたいことをやるためには、自分たちを変えなければいけない。だから会社を変えるのだ、というところまで行った人だけが、突破ができる。私はこれを「カタギの突破者(とっぱもの)」と呼んでいます。

しかし突破者が社内の抵抗を突破するには、インテグリティが必要です。突破者がただのアウトローであれば、それは誰もついてこないでしょう。
「クライアントは産業を変えるつもりぐらいの人を選ばなければいけないよ」と、私が若手のコンサルタント、部下に言っていたのはそういうことです。

そういう突破者には社会はこうあるべきであり、私たちの産業はこう変わるべきであるという理想があります。自分たちが儲かるからではなく、社会全体がよくなるように変える。

その代わり、瀬戸さんがモノタロウを始めたときのように、その市場から退場するプレイヤーも出てくるでしょう。でも社会全体としては合理的な仕組みになり、皆の幸福度も高まっている。このような理想を描ける人ならば、間違いなくインテグリティがあると言えます。


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