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教育格差を生んでいるのは「所得」より「資産」だ

最近の気に掛かる記事:東洋経済オンライン 末廣 徹 : 大和証券 シニアエコノミスト

足元の日本の資本市場で注目されている言葉の1つは「金融所得課税」だろう。他方、ネット社会では「親ガチャ」が話題だ。

Googleトレンドによると、「親」「ガチャ」という単語セットの検索数が9月15日から急増したことから、この時期から「親ガチャ」が注目されたようである。「金融所得課税」は高市氏が9月上旬に言及したことで一時的に注目されたが、大きく注目されるようになったのは自民党総裁選後の9月30日以降である。

「親ガチャ」とは「どのような親のもとに生まれてくるかによって人生が決まってしまう」という意味で使われ、「経済格差」が社会問題化していることを象徴する言葉である。そして、「成長と分配」の好循環を目指す岸田首相が分配、すなわち格差縮小の具体策の1つとして挙げたのが「金融所得課税」の強化である。異なるフィールドでこの2つの言葉が同時に注目されていることは、偶然ではないだろう。

もっとも、現状では「金融所得課税」は株価へのネガティブな影響ばかりが注目され、「親ガチャ」と関連する「格差是正」の効果に関する議論はこれからといったところだろう。資本市場の発展という側面から「金融所得課税」は低いほうが望ましいという論点も重要なことは記したうえで、今回のコラムでは「金融所得課税」が「分配」を強化することによって本来の目的である「経済格差」を改善しうるのか、すなわち「親ガチャ」の問題は改善するのか、という点を検討する。

OECDは「親ガチャ」を「教育格差」と解釈

OECD(経済協力開発機構)は2014年12月に「所得格差が拡大することによって、経済成長率は低下する」という調査結果をまとめた 。OECDは、貧困層ほど教育への投資が落ち込む傾向を指摘し、所得格差の拡大によって低学歴の両親を持つ個人は、知識や技能の水準が悪化するとした。

これを解決するためには、①女性の労働市場参入、②継続的なキャリア形成が実現できる質の高い雇用の創出、③生涯にわたってスキルを向上していけるような教育訓練の場の整備、④所得の移転と再分配の制度の確立、の必要性を訴えている。つまり「再分配」の必要性もしっかり含まれている。OECDの指摘を考慮すると、「親ガチャ」の最大の問題は「教育の格差」といえよう。

総務省の家計調査を用いて、年間収入の「下位20%」と「上位20%」の家計における「消費支出」の倍率(=高所得層÷低所得層)を求めると、2000年以降は2.1~2.3倍程度となっているが、「教育費」に限定すると4~5倍程度である。そして、金融危機以降は、「消費支出」の格差は緩やかに縮小しているものの、「教育費」の格差は改善がみられない。消費支出の格差縮小は、高所得層の個人消費が減ったことや、おそらく低所得層で共働きが増えたことが背景にあるだろう。

なお、2020年には教育費の格差も急激に改善したような形になっているが、これは高所得層がコロナ禍による行動制約によって塾などの「教育費」を減らさざるをえなかった、つまり使いたくても使えなかったことが背景と考えられる。日本では「教育格差」が大きく拡大しているとはいえないものの、改善もしていないのが実情である。

「所得」より「資産」の影響が大きくなっている

一般に低所得層のほうが消費性向が高く、また、「可処分所得」が増加すれば「家計消費」は増える傾向があるため、「金融所得課税」などの所得に税をかけて高所得層から低所得層へ「再分配」すれば、ある程度の格差は縮小できるだろう。しかし、最近の消費動向は「可処分所得」(フロー)だけでは説明できず、「金融資産」(ストック)が与える影響が大きいという指摘がある 。実際、「可処分所得」と「家計消費」の関係を比較すると、近年(2001年以降)では両者の関係性が薄れていることを確認できる。

さらに、「消費支出」を「可処分所得」と「金融資産」の2変数(いずれも前年同期比)によって説明するモデルを作成し推計すると下表のようになった。1981~2000年代のデータでは「可処分所得」と「金融資産」の両方の回帰係数がプラスとなったものの(1%水準で有意)、2001~2019年では「可処分所得」は説明力を失い、「金融資産」のみが有意となった。所得の課税を強化することによってフローだけ「分配」しても十分とはいえず、ストックの「格差是正」も進まなければ個人消費には影響は生じない可能性がある。

むろん、フローを改善することによってストックに影響を与えることは可能である。しかし、過去数十年かけて蓄積してきたストックの格差を急に変化させることは困難である。今回のコラムでは、ストックに課税する「資産課税」強化の議論には踏み込まないが、「金融所得課税」によるフローの改善だけでは大きな変化は得られない可能性が高いということは強調しておきたい。

「教育費」の格差でも「金融資産」が重要に

「家計消費」全体だけでなく「教育費」に限定しても、「金融資産」の格差が重要といえる。

「年間収入」と「金融資産」を5分位で分け、それぞれの「教育費」の水準を比較すると、「金融資産」による格差が大きい。やはり、「教育格差」(≒「親ガチャ」の問題)は、「金融所得課税」によるフロー面の改善だけでは十分ではない。

最後に、格差の問題は「金融資産」において加速度的に拡大している点を指摘する。

総務省が5年ごとに行う全国家計構造調査(2014年以前は全国消費実態調査)によると、所得面(等価可処分所得 )のジニ係数は2009年の0.283をピークに減少傾向にある(下図・左)。おそらく女性の労働市場参入の増加や、最低賃金の引き上げなどが影響し、所得面での格差は縮小している。

一方、金融資産面(等価金融資産残高)のジニ係数は上昇傾向が続いている(下図・右)。金融資産面のジニ係数はもともと水準が高い、つまり格差が大きいが、アベノミクスによる株高などもあり格差は拡大傾向にある。つまり、所得面というフローの概念からみた格差は縮小しているが、金融資産面というストックの概念からみた格差は拡大しており、かつその程度が大きい。「格差是正」を進めるにはこの資産面での改善こそ重要ということができるだろう。


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