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国民の目に映る場所から「負の遺産」を消す手法

最近の気に掛かる記事:東洋経済オンライン 薬師寺 克行 : 東洋大学教授

岸田内閣の発足直後に、マスコミ各社が競うように世論調査を実施し、内閣支持率などが報じられた。報道機関によって数字は異なるが、最近の内閣に比べると発足時の支持率としては低いという点で共通しているようだ。その理由も「政治が変わりそうにない」「安倍・麻生両元首相の影響力が残っている」などが挙げられているという。

そもそも顔も名前も知らない閣僚が並び、まだ何の実績もない内閣について組閣の翌日にいきなり「支持するかしないか」と聞かれても、普通の人なら答えようがないはずだ。しかも世論調査と言っても最近は、スマホのショートメッセージサービス(SMS)にいきなり調査依頼や質問が送られてきたり、突然かかってきた電話に出ると自動的に音声が流れてくるなど簡便な方法が広がっている。

何人のスマホに連絡しどれだけの人が回答をしたのかという世論調査にとって最も重要なデータの1つである回答率さえはっきりしていない。こうした簡便なやり方で果たして正確に「世論」なるものが測定できるのか疑問は多い。それでもこの数字が報じられると独り歩きし、政権に対する国民の評価となってしまう。世論調査に関する疑問点を留保したうえで、岸田内閣の支持率を考えてみる。

「新しい資本主義」を掲げても支持率は今ひとつ

2000年代以降の歴代内閣支持率をみると、小泉、安倍内閣という2つの長期政権を除けば、どの内閣も高い支持率でスタートするが1年足らずの間に急降下し退陣に追い込まれるというパターンを繰り返してきた。これは自民党政権だけでなく2009年から3年続いた民主党政権も例外ではなかった。

首相が代われば政策も政治手法も変わり、景気の沈滞ムードを吹き飛ばしてくれるだろうという期待感が国民に沸いてくるのは自然なことだろう。新たに就任する首相の側もそれに応えるべく、国民的人気のある政治家を閣僚に抜擢したり、「○○内閣」などとキャッチコピーをつけるなどの工夫をする。それが高い内閣支持率につながるとみられる。

岸田氏も例外ではなく、自ら「新時代を共に創る、“新時代共創内閣”」と命名し、「新しい資本主義を構築する」を提唱し、党役員や閣僚に若手を思い切って起用するなど改革への意気込みを示した。ところが世論調査での支持率は思いのほか低かった。その理由は何か。

日本政治を研究する欧米の政治学者の間では、自民党がなぜこれほどの長い期間、ほぼ安定的に政権を維持しているのかということがかねて大きな疑問となっている。

日本以外の主要先進国では例外なく、異なる国家観や政策を掲げる政党が一定期間で政権交代を繰り返し、政治に緊張感を与えている。ところが日本では自民党が1955年の結党から今日に至るまで、2度の野党転落期を除いて権力の座を維持し続けている。野党だった期間もわずか約4年にすぎない。周期的な政党間の政権交代という民主主義国に定着しているメカニズムはほとんど機能していないのだ。

数々の疑獄事件を「デリート」してきた党内政権交代

もちろんこの間、自民党がつねに順風満帆だったわけではない。岸信介首相による安保改定、田中角栄首相の金脈問題やロッキード事件、竹下登首相ら自民党幹部が軒並み関与したリクルート事件、失言を繰り返した森喜朗首相という具合に、強引な政治手法や首相ら党幹部の疑獄などで支持率が下落し野党転落の危機に直面したこともある。ところが自民党はその都度、党内政権交代という手段で国民の支持を取り戻すという復元力を見せてきた。

今回の菅首相から岸田首相への交代も同じパターンを意図したものである。菅政権末期、内閣支持率と政党支持率の低下を前に、自民党内には「このまま総選挙に突入すれば自民党は60~70議席減を避けられない」という危機感に溢れていた。

支持率低下の原因は、コロナ対策の不十分さや記者会見などでの菅首相の表現力の乏しさだけではない。コロナ感染拡大の真っ最中での東京五輪開催、さらには「森友・加計問題」「公文書改ざん問題」「桜を見る会問題」「河井参院議員の買収事件」など前任の安倍首相が残した負の遺産に菅首相や自民党がまったく手を付けなかったことも大きい。

こうした「負の遺産」を一気に清算してしまうのが自民党の得意とする党内政権交代という手法である。支持率の下がった首相が辞任して後継にまったくイメージの異なる首相を担ぎ上げることで、それまでの問題をすべて国民の視野から消してしまう。パソコン用語を使えば、画面上のデータをすべて消去してしまう「デリート」と呼んでもいいだろう。もちろん負の遺産は一時的に画面から消えて国民に見えなくなっただけで、どこかに保存されており、これで自民党の本質が変わったわけではない。

菅首相から岸田首相への転換もこの「デリート政治」を目指したものだった。

まず、菅首相が「負の遺産」をすべて背負ってあっさりと辞任表明する。それを受けて自民党は多くの候補者による派手な自民党総裁選を演出し、人材の豊かさを誇示する。この時点で国民の関心は菅首相に対する批判から、自民党総裁選の行方に移っていく。

新総裁が決まると、党役員人事と組閣によって体制の一新を図る。それによって菅政権との不連続性を前面に出す。この後は臨時国会での所信表明演説と代表質問で、新政権が取り組む新政策を語る。その後直ちに衆院を解散し総選挙に突入する。

過去の「デリート政治」にならえば、新政権誕生で内閣支持率も自民党支持率も急上昇するはずだ。総選挙で問われるのは新政権が何をするかという将来の物語であって、安倍・菅政権が何をやったか、やらなかったかなどという業績評価は焦点にならない。過去の失政や不祥事は総選挙では完全にデリートされているだろう。

「デリート」を可能にする「権力闘争」と「包括性」

こうした「デリート政治」を可能にするのが、自民党内の「疑似政権交代システム」である。政権交代とは本来は政権を担う政党が変わることを意味するのだが、日本の場合、政権政党がほぼ自民党だったため、自民党内で首相が交代することを政権交代と呼んでいる。

派閥の力が弱まったとはいえ自民党は今でも事実上、派閥連合体の政党である。「タカ派」「ハト派」という言葉が示すように派閥によって外交、内政の政策に違いがあり、総裁(首相)の座をめぐって、激しい権力闘争を繰り返していた。

派閥が競うことによって、強引な手法で安保改定を実現し国民から批判を浴びた岸首相のあとに、寛容と所得倍増論を掲げた池田首相が登場したり、金脈問題で田中首相が失脚すると、クリーンが売り物である弱小派閥の長の三木武夫首相が誕生するなど、政権のイメージを180度変えてしまう疑似政権交代が可能だった。その結果、前任者のマイナス部分はきれいに消し去られ、まるで別の政党による新しい政権が誕生したかのような「疑似政権交代」が可能となったのである。

右も左も取り込んでしまう自民党の融通無碍な「包括性」もこの疑似政権交代を可能にしている。党内には極端な右翼議員もいれば、野党議員と見まがうようなリベラルな議員もいる。また近年は改憲派が圧倒的多数に見えるが、護憲派も捨てたものではない。親米派もいればアメリカ嫌いもいる。積極財政による利益誘導やバラマキ政治が主流ではあるが、財政均衡論を主張する議員もいる。

主義主張やイデオロギーで縛らない融通無碍なところが疑似政権交代を可能にし、危機に陥ったときの自民党を救ってきたのだ。

「デリート」不完全、「人事異動」にすぎない岸田内閣

では、過去と同様、「デリート政治」によって党勢の復元を目指した岸田内閣誕生劇が、高い支持率につながっていないのはなぜか。それは、デリートが不完全なためだろう。党役員や内閣の人事の過程で安倍・麻生両元首相の影響力が垣間見えたり、安倍政権時代の一連の不祥事の再調査などに岸田首相や甘利幹事長が否定的な姿勢を示したことで、画面上に負の遺産がきれいに残ってしまったのだ。こうなると若手の抜擢人事をやっても、「新しい資本主義」などの政策を打ち出しても、疑いの目で見られてしまう。

また、過去を振り返ると政権交代のたびに自民党が装ってきた「刷新性」が現実の法律や予算に反映されたかといえば、否定せざるをえない。危機的状況を乗り切るためには、総裁選に「自民党を変える」というキャッチフレーズがつきものである。しかし、その言葉どおりに自民党と向き合ったのは小泉純一郎首相くらいだろう。多くの首相は政権維持や選挙向けの言葉だけに終わっている。

有権者が忘れてはいけないのは、菅首相から岸田首相への首相交代は、同じ政党内の人事異動でしかなく、安倍内閣からの数多くの問題は何も解明、解決されていないということである。民間企業であれば社長が交代したからといって、その企業が起こした問題が清算されることはない。しかし、自民党は問題を起こした首相が退陣すると、すべて不問に付してきた。その結果、自民党は本質的に何も変わらないまま、世界に類のないくらい長い期間、政権を維持しているのである。

次の総選挙で有権者は自民党が仕掛ける巧妙な「デリート政治」の罠にかからないようにすることが必要だろう。


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