• 政策研究・人材育成のプラットフォーム

アメリカに比べると、特別大変そうに見える

最近の気に掛かる記事: 東洋経済オンライン 森田 昭仁 : ZEN、グランドクロス代表取締役

アメリカで働いていたときに子どもを現地のプレスクールに預けた経験から、そこで見た保育のやり方を日本にも伝えたいと考え、日本へ帰国後に保育園の経営に踏み切った森田昭仁氏。「日本の親や保育士は、日本独自の仕組みや考え方によって“育児がつらい”と感じやすい境遇にある」と言います。本記事は、森田氏が上梓した『「自分で考える力」を無理なく育む 子どもと大人の「共育」論』より一部抜粋・再構成してお届けします。

親が、あらゆる分野の「専門家」になろうとする

日本では、「育児がつらい」という話をよく聞きます。人間を育てることは、世の中で最も大変かつ重要な仕事といっても過言ではありません。親である自分の言動によって、1人の人間の人格や人生が決まってしまう。そう考えると、責任が重大で、大きな負担を感じることもあるかもしれません。しかも、子どもはなかなか自分の思いどおりには動かないものですから、育児で疲労困憊するのも無理のないことかもしれません。

しかし、私がアメリカに住んでいたころに見たアメリカ人の親たちと比べても、日本の親は特別大変そうに見えます。本来、育児は楽しいものです。かわいい子どもを授かり、子どもが成長していく姿を見ることは、親としてかけがえのない喜びであるはずなのに、そうした喜びを感じられず、目の前の育児に悩み、苦しんでいる方がいる。それは、とても悲痛なことだと受け止めています。なぜ日本では、育児をつらいと感じるのでしょうか。その原因を考えてみましょう。

1つには、「専門家を頼る」という選択肢が身近でないことが挙げられます。親は育児の初心者です。とくに初めての育児では、知らないことばかりなのは当然です。親になってそのことに気づき、あわてて情報収集を始めます。

たとえば、子どもが小さいうちは、医学の知識が必要です。幼い子どもは病気にかかることが多く、「こんな症状になったらこう対応すべき」といった最低限の知識を持っていなければいけません。2人目の子どもなら、突然高熱が出ても「湿疹が出ているから、突発性発疹かもしれない」と、経験から推測しながら落ち着いて対応できるかもしれません。しかし、初めての子育てでは、「こんなに高熱が出るなんて、異常事態では?」「深刻な病気かもしれない」と不安になるのが普通です。

子どもが成長し、離乳食が始まるころには、栄養学の知識も必要だと考えるでしょう。栄養は足りているのか、子どもが食べてくれない、逆に食べすぎているように思える……など、成長のペースは個人によって差があるので、親はわが子の「最適解」を求めて右往左往します。

子どもを育てるにはお金が必要なので、お金の知識も必要です。子どもが体を使って遊ぶようになれば、どうすれば危険でないかといった運動に関する知識を、子どもと効果的なコミュニケーションをとるために心理学の知識を得ようとする親もいるでしょう。

初めての子どもだととくに、親は「100点満点」を目指して頑張りすぎてしまいます。しかし、あらゆる分野に精通するなんてことは、一朝一夕にはとうてい不可能です。初めての子育てが完璧にできないのは当たり前です。自分の知識や努力で足りない部分を感じたら、どんどん周囲に頼っていいのです。

子どもの体調のことで悩みがあったら小児科を受診するように、他の分野でも「専門家を頼る」という選択肢があります。離乳食のことで悩んだら栄養士に質問すればいいし、子どもの教育費のことで悩んだらファイナンシャル・プランナーに相談すればいい。

「その道のプロ」に質問することで、わが子の育児にかかる「最適解」を最短ルートで導き出せるでしょう。現代の日本の育児環境は、物理的にも精神的にも、そうした「相談できる環境」が整っていないことが、大きな問題なのです。

「こうあるべき」という根拠なき思い込み

2つ目の理由は、「母親はこうでなければいけない」という思い込みが、母親自身のなかや社会に根強く存在していることです。カラダノート社による2020年の調査によれば、「ママが家事や育児をするのは当たり前」と考えている母親は、回答者数の半数以上に上りました。共働きが一般化した現代においてもなお、専業主婦が大多数であった時代の風潮が残っているのです。

この調査では、ほかにも「子どもが公共の場でぐずったり大きな声を出したりするのはママのせい」「仕事やキャリアをあきらめるのはママのほう」「自分の体調が悪くてもママが子どもの面倒を見るべき」などと考えている母親が多いことが明らかとなりました。

これらの結果からわかるのは、「子育ては母親の自己犠牲の上に成り立つ」という根拠のない偏見が、社会にいまなお広く流布していることです。よくいわれることですが、親もひとりの人間です。

しかし日本では、親になったとたんに「子どものために自分の時間のすべてを費やせ」と強いられ、まるで人権を奪われてしまったかのように感じます。母親だって、だれに気兼ねすることなく「自分の時間」を過ごしてもいいはずです。週に1回でも、カフェに行ってゆっくり読書をしたい。ひとりで買いものをしたり、ただただ寝て過ごしたい日もある。それは当然の願いです。

ベビーシッター文化が古くから根づいているアメリカでは、子どもが0歳や1歳というごく幼い年齢でも、ベビーシッターに預けて買いものに行ったり、夫婦でデートしたりするのが普通です。日本でも最近では託児サービスやベビーシッターサービスが増えてきましたが、それでもなお、「母親が自分の楽しみのために子どもを預けるのは非常識」という思い込みにとらわれ、多くのママたちが「息抜き」の時間を持てずに育児に奮闘しているのです。

「世間体」という日本独自の考え方

「育児がつらい問題」を増長させる3つ目の大きな要因は、「世間体」という考え方にあります。もし、あなたが次のような考えを抱いたことがあるなら、あなたも「世間体」という呪縛にとらわれているといえます。

「子どもをベビーシッターに預けて夫婦で食事に行くなんて言ったら、子どもがかわいそうだと批判されるのではないか」
「子どもの学校や保育園の保護者会には、母親が参加すべきではないか」
「子どもが熱を出したときにパパが迎えに行ったら、変に思われるのではないか」

ここで注意していただきたいのは、「世間体」と「社会性」がしばしば混同されることです。従来、世間体とは、本来はそうすべき合理的な理由やそうせざるをえない事情があるにもかかわらず、人目を気にしてできない、もしくは、するのが憚られる状態のことです。しかし日本では、「社会性」を高く保とうとするあまりに周囲の目、すなわち「世間体」を気にしてしまう傾向が強いように思います。

「世間体」と「社会性」は似て非なるもので、日本独自の考え方といえます。日本は、モノがあふれて物質的には豊かな国です。それにもかかわらず、しばしば「精神的に豊かではない」と指摘されるのは、この「世間体」の考え方が大きく関係していると私は考えています。

親はもっと「自分の快適さ」を追求していい

「人と同じでなければいけない」と考えたり、他人からの評価を気にしたりして無理をすれば、ストレスになるのは当然です。しかし、はたして「自分の幸せ」よりも「他人の目」を優先する必要はあるのでしょうか。ちょっと立ち止まって、そのことをよく考えていただきたいと思います。

親がストレスを抱えていると、子どもによい影響はありません。子どもは、親にはつねに笑っていてほしいものです。親がいつも笑顔でいるためには、定期的にリフレッシュして心の余裕を持つ努力をしなければなりません。

そうすれば、子どもが思うとおりに行動しなくても、イライラせずにすむかもしれない。24時間子どもに張りついて一挙手一投足に反応するよりも、よほどよい子育てができるはずです。

「育児がつらい」という状況を脱するためには、自分が知らず知らずのうちにとらわれているさまざまな思い込みに気づくことが大切です。母親も、もちろん父親も、自分の快適さをもっと追求していい。そのことに気づくことが、子どもをよりよく育てるための第一歩となるのです。

『「自分で考える力」を無理なく育む 子どもと大人の「共育」論』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA