• 政策研究・人材育成のプラットフォーム

最近の気に掛かる記事:デイリー新潮

舌の悦びは最も素朴な幸福である。そして満腹は次なる幸福だろう。だからなのか、それはしばしば暴走して体形や体調に大きな影響を及ぼす。食欲に振り回されないためにはどうすればいいのか。食欲の正体を突きとめてわかった、適切な「満腹食」とは?

 ***

穀物が収穫の時期を迎え、果物や芋類、きのこ、青魚など旬の食材も豊富なこの季節。私たちの体は気温低下に対して、体温保持のために熱を作る。だから暑い時期よりも今のほうが消費エネルギーが増え、それが食べたいという欲求を高めるのだ。「食欲の秋」といわれるゆえんである。

 おいしそうな食べ物を前に食欲を感じるのは、人の本能として当然のことだ。しかし現代人は、食べたばかりなのに口寂しい、デザートを目にしたり、おいしい匂いがしたら食べたい、と感じがちである。太るとわかっているのに、間食が止められないこともよくある。なぜ私たちの食欲は時にとどまることなく、暴走してしまうのだろうか。

 空腹を感じ、実際の食行動に結びつけるのは「脳」である。脳の発達やメカニズムを研究する東北大学加齢医学研究所の瀧靖之教授によると、「食欲にまつわる脳の機能は『視床下部』の働きが基本」という。

「視床下部は脳の『間脳』に位置します。ここが生命の維持に関わる重要な機能を担っていて、睡眠と覚醒や体温調節、そして空腹か満腹かという判断もしているんです。動物実験で視床下部を壊すと、いつまでも食べ続けるなど、食欲のコントロールがきかなくなると報告されています」

 脳は全身からさまざまな情報を吸い上げる。血糖値の情報、そして胃からは空腹になると食欲を増進させる「グレリン」というホルモン、脂肪細胞でたまった脂肪の量が多くなると「レプチン」という食欲を抑制するホルモンが分泌され、これらが視床下部の「弓状核」に集められる。

 弓状核には食欲を高める「摂食中枢」と、食欲を抑える「満腹中枢」の二つが存在していて、各種情報が届くと、実際の食行動に反映されるというわけだ。

別腹のメカニズム

 これだけならシンプルな仕組みなのだが、もう一つ、食欲には脳の「報酬系」が深く関わる。

「視床下部よりもっと深い部分にある『中脳』から、快楽ホルモンといわれる『ドーパミン』が分泌されると、脳の報酬系が発動します。例えば甘いものを食べるとドーパミンが分泌されて、心地よい快楽を得ます」(同)

この快楽を体感すると、再びそれを味わいたくて同じものを食べたくなる。実際に食べなくても、「これを食べたらおいしそう」と“予測”するだけでドーパミンが分泌されるという。

例えば「甘いものは別腹」と、満腹なのに食後のデザートを食べてしまうことがあるだろう。これはもちろん、実際に別腹があるわけではなく、管理栄養士の望月理恵子氏によると、「新たに食べ物を受け入れるスペースが胃にできる」のだという。

「『食べたい!』と感じると、ドーパミンや、麻薬に似た物質βエンドルフィンが分泌され、さらに胃の筋肉がゆるむとともに、食べ物を胃から小腸に送り出す動きが活発になります」

 食べる量は胃の大きさではなく、“脳がどれだけ満腹を感じているか”で決まるが、こういった外部からの刺激によって脳の正常な働きが妨げられる。

「ドーパミンの分泌は、達成感の心地よさを求めて、仕事や勉強のやる気を高めるというポジティブな側面もあります。一方で、だんだんその感覚に慣れると、同じ刺激では満足できなくなり、もっと強い刺激が欲しくなるのが負の側面です。最初は少量の甘いもので満足していたのが、そのうちにその量や頻度に満足できなくなり、まだ足りない、もっと食べたいと、食欲を止めづらくなってしまうのです」(瀧教授)

 アルコールやギャンブル、ゲームと同様に、食べ物も依存対象になるという。

太るのは糖質の取りすぎ

 とはいっても、どんな食べ物でも依存の対象になるわけではない。人が“もっと食べたい”と思うものは「糖質を含むもの」である。

 ベストセラー『医者が教える食事術 最強の教科書』を執筆し、数多くの糖尿病患者を診てきた牧田善二医師(AGE牧田クリニック院長)は「人類の脳は炭水化物を摂取するようにプログラミングされている」と指摘する。炭水化物とは主に「糖質と食物繊維」から構成され、ごはん、パン、麺類といった主食を指す。

「命をつなぐためにはエネルギーが必要で、そのエネルギー源となるのが炭水化物(糖質)。しかし、このプログラムが完成したのは、旧石器時代のことです。当時は農耕の技術はなく、狩猟や採集で得る食べ物には炭水化物はあまり含まれていなかった。ところが現代社会ではいくらでも取れてしまうのが問題です」

 人の空腹時血糖値はおよそ90ミリグラム/デシリットル。これは100ミリリットルの血液中に90ミリグラムの糖分が溶けている、と理解するといい。食事をすると、これが140くらいまで上がる。このとき膵臓からインスリンというホルモンが分泌され、血中の糖を肝臓や筋肉に蓄える。血中の糖が取り込まれると、血糖値が下がっていく。

「ですからしばらく炭水化物を取らないでいると低血糖になり、空腹感やイライラ、体のだるさ、眠気が起きる。この時、脳の指令で炭水化物を食べたくなります。食べれば脳の報酬系が働き、ドーパミンが出て、再び『あぁ、おいしい。幸せ』となる。主食だけでなく、菓子類や清涼飲料水も糖質の塊。これらをやめられず、肥満であるなら、脳が糖質依存に陥っていると思ったほうがいいでしょう。太る原因は脂肪やタンパク質でなく、糖質の取りすぎなのです」(同)

 インスリンが血中の糖を取り込むと述べたが、肝臓や筋肉への貯蔵には限界がある。あまった糖が脂肪細胞に取り込まれるから肥満につながるのだ。牧田医師は「BMIが25を超えていれば、医学的には立派な肥満症。糖質依存であることが大半」と断言する。

糖質を減らすと空腹を感じにくい

 こういった生きるエネルギーを保つためではない、“ニセの食欲”を起こさせない対策は三つある。

 まずは糖質を取れば取るほど、より強い空腹感が起きるため、糖質摂取量を制限すること。牧田医師は特に肥満者に対して「1日の糖質摂取量60グラム以下」を勧める。ごはん(白米)茶碗1杯で約55グラムの糖質量だ。もう少しゆるやかな制限だと、「1日の糖質摂取量100グラム以下」という。

「主食をたくさん食べてしまうと、血糖値上昇の山が高くなります。その主食より悪性度の高いものが、缶コーヒーや炭酸飲料、フルーツジュース、スポーツドリンクなど糖分を含んだ飲み物です。消化の必要がないため、血糖値でいえば千ミリグラム/デシリットルの数値が出るほどの量を一気に取り込むことになる。体は血糖値が急上昇しないように、すぐさま膵臓から大量のインスリンを分泌し、血糖値を抑えようとします。すると普段の空腹時血糖値より下がってしまい、食べたい飲みたい欲求がより強く起きるのです」(同)

 逆にいえば、摂取する糖質量を減らすと空腹感が起きづらくなるわけだ。

 だが難点として、脳が新しい習慣を受け入れるまでに平均して66日かかるという報告がある。したがって、2カ月間は“我慢”が必要になる。どうしても間食をする場合はスナック菓子やケーキ類ではなく、チーズやソーセージなどタンパク質をメインにしたものか、カカオ70%以上のチョコレートやアーモンドチョコレート(各1日30グラム程度)などにすれば、血糖値が上昇しにくい。

血糖値を急に上げるな

 二つめの対策は「食欲を別の方向に向ける」こと。前出の瀧教授は数年前まで「いつもおなかが空いていて、甘いものを欲していた」そうだが、「ゆるやかな糖質制限プラス筋トレ」で間食をあまりしなくなったという。結果、4カ月で10キロの減量に成功したとのこと。

「ふとしたきっかけでニセの食欲は起きやすい。ピザやカップラーメンなどの視覚刺激や匂いでもドーパミンが分泌されます。その時、“欲する”気持ちを勉強、仕事、走るなど“別の方向”に向けるのです。私の場合は腕立て伏せでした。1分間、腕立て伏せをするだけで、食欲は落ち着きます」

 要は気持ちをそらすことが目的だから、ガムを噛んだり、お茶を飲むでもいい。だが腕立て伏せなどで筋肉をつければ「糖を代謝する力」が増すため、食べても血糖値が上がりにくい体になって一石二鳥だ。瀧教授も牧田医師と同様に「血糖値の乱高下が食欲を惹起(じゃっき)する」と強調する。

「血糖値を急激に上げないため、食事は主食からではなく野菜を先に食べるのも大切でしょう。またストレスがかかると食欲を増進させる“グレリン”が分泌されるので注意が必要です」

 ちなみに肥満になると、「レプチン耐性」といって満腹感を感じづらくなる。

「“もうおなかがいっぱい”と、食欲を抑制するレプチンが視床下部にいくら訴えても、それが届きにくくなるのです」(同)

 だから一度太ると満腹を感じづらくなって、必要以上に食べてもっと太る、という負の循環に陥るのだ。

「朝食抜き」を避けるべき理由

 三つめの対策としては「時間」で管理すること。守ることはただ一つ、「朝食から夕食までを10~12時間以内に収めるようにする」のだ。これによって残りの12時間は空腹を感じづらくなる。この習慣は、運動トレーニングや糖質制限と比べると、1年後の定着率が高いことがわかっている。

 農業・食品産業技術総合研究機構上級研究員の大池秀明氏がこう説明する。

「12時間以内に3食を食べると、“活動時間帯あたりの食事量”が多くなりますね。ですから空腹を感じにくくなる。また夕飯を早く、軽く済ませ、就寝まで3~4時間あけるとなおいいでしょう。睡眠の質が深くなり、夜に食欲が低下することがわかっています」

 ここで重要なポイントがある。夜更かしタイプでも、「朝食を抜く」ことは避けたほうがいい。

 その理由を2017年にノーベル生理学・医学賞の受賞理由にもなった「体内時計」の観点から説明しよう。体内時計とは、昼夜にあわせて体温やホルモン分泌など体内環境を変化させる機能の総称だ。人の体の中のあらゆる細胞には時計遺伝子が存在し、日中に活動状態となり、夜は自然と眠くなるような一日周期のリズムを司っている。

「各臓器や筋肉、皮膚、ホルモン、体温などにすべてリズムがあるのです。例えば食欲を増進させるグレリンは朝に分泌が少ないため、人はどうしても朝に食欲が起きにくい。一方でインスリンは朝に効きやすくなるため、朝食では糖質を食べても血糖値が上がりづらい。反対に夜になるほどインスリンが効きにくい。ですから同じ食事を朝・昼・夕と取れば夜が一番血糖値が上がります」(同)

大事な「体内時計」

 体内時計の司令塔(中枢時計)は、食欲コントロール機能と同じく、視床下部にある。この中枢時計が光を感じて時計を合わせると、臓器などに存在する時計遺伝子(末梢時計)へ神経やホルモンを介して時刻情報が伝えられる。末梢時計は中枢時計からの時刻情報に加え、食事や運動(活動)などの刺激によってリセットされ、24時間のカウントを始める。そのため光を浴びて活動を始めたのに、朝食をとらないと、体内時計の働きがバラバラになり、全身で正しいリズムが刻めなくなってしまうのだ。

「もともと昼まで寝ている人で、昼から活動するならいいでしょう。ですが朝起きて、朝食抜きで仕事を始めてしまうと、体は動いていますので全身のリズムが揃いません。各体内時計が揃って正しいリズムを刻めていれば、午後から夕方にかけてがエネルギーを最も使う時間になり、消費量が増えます。でもこのリズムが崩れると、“省エネ”の体になって、ピークの山が下がるのです。適切なタイミングでホルモンなどが分泌されないため、食欲の増減はもちろん、代謝の働きが悪くなるということです」(同)

 しかし仕事が忙しかったり、会食があったりなどして、“12時間以内”が難しいという人もいるだろう。その場合は「分食」がお勧めだ。

「夕食より前に、少し食べておくのです。そうすると仕事が終わった後に食べるとしても空腹感がそこまで大きくなく、必要以上に食べてしまうことも少ない。血糖値の上昇も分散されてゆるやかになります」(同)

 ハメを外して飲み食いしすぎてしまったら、翌日は絶食するか、夜を控えめに。

 また1週間のうち2日程度の不規則なら、体内時計が乱れにくいことがマウスの実験から報告されている。

 体内時計を規則正しく働かせれば空腹感は抑えられ、適正な食欲になるが、「それでも報酬系は強敵」と大池氏が補足する。

 食後には「甘いものは見ない」など、新たな食欲が脳に伝わらないように、できる限り五感をシャットアウトするのがいい。

 食べるのが止まらない人は、満腹感を得やすい食べ物を意識しよう。

「イノシン酸やグルタミン酸などの旨味成分は、満腹感を得やすく、食欲を抑える働きがあります。イノシン酸は鰹節に、グルタミン酸は昆布やパルメザンチーズ、トマトなどに含まれます。鰹節と昆布でだしを取る味噌汁は、満腹感を得る最強の食べ物です」(望月氏)

 ヨーグルトの上澄み液(ホエイタンパク質)や緑茶に含まれるカテキンも満腹感を生み出す。

 そこでまずは「いただきます」の前に温かい緑茶。そして一口めは「味噌汁」を飲み、食事前半で主菜をとる。タンパク質は満腹感を持続させることがわかっているからだ。そして食後にヨーグルトを取れば血糖値上昇を抑えられ、かつその後の空腹感が起きづらくなる。「ニセの食欲を抑えこむ」だけではなく、「おなかいっぱいと感じられる食べ方」に切り替えたい。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA