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◆日本における政治任用制度の構築に向け重要な提言

[評]唐沢 敬(立命館大学名誉教授/国際研究インスティチュート代表)

なぜ米国の政策形成は揺るがないのか? 今後の日本政治に必要なことは? 日米欧の政策形成過程を取材し続けた国際報道記者の提言。

アメリカの「危機」や「衰退」が語られるようになってすでに久しい。第二次世界大戦後、共産主義体制との厳しい対決を強いられた東西冷戦の時を含め、アメリカは幾多の戦乱や経済・金融危機を経験、夥しい物理的被害と共に、深刻な危機や混乱に悩まされてきた。しかし、同国はこうした戦争や諸困難を経験するたびに、膨大なシンクタンク/政策研究機関の存在と政策形成過程に基礎を置く知的インフラを梃子に斬新な改革と大規模な人事の刷新でこれを克服、国家を新たな発展に導いてきた。

 こうしたアメリカの蘇生力と強靭性を支えてきたのが独特の政策形成過程と政治任用制度にあることは言うまでもない。政治任用制度とは、大統領、副大統領、諸機関の長によって官職が任命される制度のことで、その数約4000、上院の承認を必要する大統領による任命だけでも1200を数える。政権が入れ替わるたびに官職が移動するのは民主主義国家であればどこの国にも一定程度はある。しかし、アメリカのそれは規模が抜群に大きく、部局も多岐にわたり、社会に蓄積された知識や経験など知的財産が総動員される点で他に例を見ない。我が国の場合も、政権の交代時に内閣官房など一定の官職の移動はあるが、アメリカに類似する内容や規模の政策形成過程や官職の移動とは全く異なり、これが政策の貧困と粗雑な政権運営につながっていると専門家は指摘する。

 こうしたアメリカの政策形成過程とそこに基礎を置く政治任用制度を「国際公共システムとして再評価」し、「日本の政策形成過程に活かすことが重要」と指摘し、その視点からその本質的な検討を試みようとしているのが本書である。著者は、国際報道記者・研究者として、半世紀にわたりアメリカの政治経済・社会の動向を追い、同国の「政治任用制度」を歴史、原理法則、任用事例、政策インフラと政策コミュニティ等広範な分野から詳細に検討、日本における政治任用制度の構築に向け重要な提言を行っている。総ページ約450、政策研究・政策形成と制度設計に関する本格的な研究書で、アメリカの政治任用制度に関する先駆的著作と言ってよく、政策当局など政策に携わるすべての人にとって必読の書である。

 本書の特色について紹介すると、まず、著者は、「序章:なぜアメリカの政治任用制度に着目するか」において、研究主題の社会的・歴史的・学術的背景について触れ、先行研究を3つの類型に分類、日本の先行研究にも言及しながら研究手法について説明している。評者が注目するのは、著者がアメリカの政治任用制度を研究するに当たって、歴史的背景と社会的要請をしっかりと把握、学術的視点も入れ分析を進めようとしていることにある。視座の正確さと立論の正しさをまず評価したい。

 続いて、第1章で、著者はアメリカの政治任用制度の実態、機能や特質に触れ、政治任用者の資質や能力、政治任用制度の二重構造等問題点についても言及、幅広く実態分析を行っている。大使人事や通商交渉など具体的事例を豊富に引用しながら、官僚・行政機構の国際比較も行い、問題点の抽出に努めており、大変参考になる個所がある。これらとの関連を含め、学術的視点から興味を引くのは、「国際公共システムとしての政治任用制度の検討」である。公共部門のガバナンスや市民参加の問題など、今日、世界的に取り沙汰されている政治や制度の劣化とその対策、ポピュリズムと社会的分断に揺れる先進工業諸国が直面する喫緊の課題との関連で大きな関心が寄せられる。

 第2章で、著者はアメリカの政治任用制度の歴史について触れているが、同国の政治や経済の歴史的過程の中でこの制度が育まれてきたことが具体的な事例とともに詳述されており、興味深い。しかし、評者がより大きな興味を抱いたのは、第3章「アメリカ政治任用制度の原理法則」に関する部分で、応答性、競争、民主化、監視、透明性の5つのキーワードに則ってこの制度の機能や働きについて考察している点だ。応答性など、日本では耳慣れない言葉であるが、国民のニーズを把握し、そのニーズを満たすべく活動する大統領や与党政治家の提案や指示に官僚或いは行政組織がどれだけ応え得るかという問題で、民主主義の根幹に関わる部分である。

 政治任用制度やこの制度の下で任用された政治任用者の存在が様々な分野で競争を促し、政策形成と決定過程の民主化を進めるという指摘も斬新である。とくに、多くの「民間人」や学者が政府に登用され政策形成に貢献し、官職を離れた後は元の職場に戻って社会を活性化させるという仕組みは垂涎の的に映る。「回転ドア人事」と呼ばれるものである。そして、この「競争」や「民主化」の延長線上にあるのが「監視」の機能で、政治任用者と職業公務員との緊張関係によって相互監視の機能が働くというものである。「官尊民卑」「お上意識」の日本が最も学ばなくてはならない仕組みである。

 こうしたアメリカ政治任用制度にまつわる原理法則は、それ自体アメリカの政治経済、社会の発展の中から生まれ、進化してきたものであるが、同時に過度に政治的になるなど、弊害も多かったと著者は指摘する。その一つが、トランプ政権の下で一時首席補佐官を務めたS.バノンの例で、超保守派のイデオロギーとそれに基づく政策の実現に注力した人物で、政治任用制度のデメリットの象徴と理解される。

 第4章、第5章は、クリントン政権やブッシュ・ジュニア政権以降、各政権の政権運営と政治任用についての分析と検討だが、代表的な政治任用者と政策運営の視点から問題を検討しており、大変重要な部分である。わけても、第3章「クリントン政権の政治任用」は著者が本研究の核心的位置を与えている部分で、分析に力が入っている。クリントン政権の誕生は12年ぶりに共和党政権から民主党政権に政権が歴史的移動を成し遂げた出来事として記憶されている。

著者は、「アメリカ経済の復活、冷戦構造崩壊時における外交課題の処理、アメリカ主導のアジア太平洋協力構想の実現」という3つの大きな挑戦の中で政治任用者がどのような役割を果たしたのか、その有効性をどう評価すべきか、という視点からこの問題を扱っている。そして、この視点から、財政の均衡、貿易政策のグローバル化、金融危機対策等最重要政策で先導的な役割を射果たしたロバート・ルービン財務長官、また、ソ連崩壊後の対ロ外交で名を馳せたストローブ・タルボット無任所大使に焦点を当て、クリントン政権の政策運営と政治任用の特質について検討しているが、共に深い分析となっている。

クリントン政権の国際経済政策との関係でフレッド・バーグステンAPEC賢人会議議長を取り上げ、新しい太平洋共同体の創設に始まるアメリカのアジア太平洋外交に関する記述も話題が身近で興味深かった。

 第6章では、アメリカの政治任用制度の機能と特質、歴史的発展過程、原理法則、事例研究等の分析結果の上に立った政治任用者の思想・行動原理について検討している。その中心に置いているのが「回転ドア人事」で、アメリカ政治任用制度における行動原理の象徴的例と言ってよい。アメリカ大統領が政府高官ポストに就く人物を自由に選べる仕組みとそのダイナミックさ、それが回転ドアのごとく人事の流麗な流れを形成しているさまは見事であるが、ここでは、それを対極において構成しているシンクタンクや大学の役割やプログラム等についても言及、読者に知識を与えてくれる。

 これらシンクタンクや大学の政策研究・政策形成における習熟した役割や機能は米欧ではかなり発達しているが、日本では全く未熟で最大の欠陥となっている。その意味で政治任用の具体例や経験者のアンケート調査等は今後の日本にとって非常に参考になる。

 それとの関連において、第7章「政策インフラと政策コミュニティ」で筆者がシンクタンク/政策研究機関の発展や機能、政策エリート、研究組織とその具体例について詳説しているのは全く自然であるし、アメリカ政治任用制度の多角的役割の理解を助ける。事実、こうした膨大なシンクタンク群や大学研究機関の発達とその機能/役割を抜きにしてはアメリカの政治任用制度は成り立たないと言って過言でない。

 筆者は、最後、第8章「日本にとっての政治任用制度」でこれまでの記述を総括し、日本が学ぶべき諸点を透明性、競争性等に言及しながら列挙、政策形成過程の民営化/民主化や政策インフラ/政策コミュニティ、また、グローバル化に関連しての国際公共システムについて検討を進め、日本にとっての意味など、提言も行っている。

 結論として、アメリカ政治任用制度に関する筆者の8章にまたがる分析と検討は非常に膨大で、随所に具体例を交え説得力がある。発想の斬新性や詳細な記述、問題提起等著者の努力を高く評価したい。制度のメリットとデメリットの指摘を含め、可能な限り客観的に検討を進めようとした著者の学術的姿勢も高く評価され、政策当局はもちろん、政策研究者、政策形成に関心のある全ての人、とくに、次代を担う若い研究者/高度職業人に是非読んでもらいたい本である。


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