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本書は、2016年以降急増したとされるウズベキスタンから日本への移民に焦点を当て、かれらが、なぜ、いかなる動機で日本に移住し、そこに何を期待し、何を得ようとしてたのか、また、背後にどのようなメカニズムが働いているのかなどの諸問題を解き明かすことを目的とした調査分析書である。移民問題の側面から日本社会のもつ問題点も指摘されており、ウクライナ戦争を機に新たな対応が求められている日本とウズベキスタン(中央アジア)の関係を考える示唆や教示が含まれている。日本の政策当局、専門家、一般国民に広く一読を勧めたい本である。
本書は、まず、第1章でウズベクの若者たちが海外をめざす状況と日本を選択する経緯や特徴などについて概説、第2~3章で日本語教育や教育実践、教育から労働移民への転化の実態を分析している。日本が伝統的に移民の受け入れを認めず、ODA支援の一環として技能実習生の受け入れという特殊な制度を創設してきたことに関連している。
続いて、第4章で女性・ジェンダー移住者の問題を、第5章で文化実践としての国際移動、第6章で移住先としての日本と韓国の問題に触れ、 第7章 ウズベク移民と日本の将来で終わっている。ウズベキスタンから日本への労働(教育)移住の実態的な動きを中心に分析を試みているため、断定的な表現は避けられているが、重要な指摘が随所にある。ウズベク側の移民送り出しの問題から受け入れ側としての日本の政治経済制度や社会問題にまで言及しており、問題点の洗い出しからその整理、将来の方向性にまで言及している点は意欲的で高く評価される。
移民問題が当該諸国の国内問題から世界経済と国際関係の中心課題の一つに転化して以来、すでに長い歴史が流れている。それは、民族および国民国家形成の動きがグローバルな流れとなった19世紀以降、多くの国や民族が経験してきた歴史的過程でもあった。人類社会発展の歴史的過程と言えるかもしれない。とくに、資本主義的生産様式の確立と工業化の進行に伴う資源分配と労働力移動が世界的な広がりを見せた前世紀以降、移民問題は貧困や格差の解消、経済発展、社会問題解決への主要な手段として、各国の国家戦略の中に位置づけられてきた。
第二次大戦後は、先進資本主義諸国の重化学工業化や高度経済成長に伴って、後発資本主義諸国や発展途上国からこれら先進工業国に向けに大規模な労働力移動があり、冷戦後は、旧社会主義諸国やソ連共和国から大量の労働力が海外に流出、世界市場の拡大と労働力の世界的移動を促した。さらに、冷戦後のグローバル化、市場経済化、情報化の世界的進行に伴って格差や紛争も規模を増した。
グローバル化や市場経済化は溢れるばかりの富と豊かさを世界規模で生み出したが、この波に乗れなかった低所得・貧困途上国では貧困や格差が逆に拡大、アフリカや中東、カリブ海地域の一部諸国ではこれが国内社会を分断し、戦争やテロを激発させた。その結果、多くの市民が家を焼かれ、土地を奪われ、難民となって欧州諸国に押し寄せたのが昨今の事例である。米州大陸でも、経済破綻と社会的分断が大規模な治安の乱れを生み、多くの市民がアメリカ合衆国に安住の地を求め、「不法移住」を繰り返してきた。この種の難民・不法移民問題が受け入れ側の欧米諸国の政治経済と社会に衝撃を与え、ナショナリズムと右翼思想が入り混じる様々な政治変動を引き起こしているのが今の問題である。
『ウズベク移民と日本社会』で扱われている移民問題は、この種の戦争や国家破綻、経済社会の荒廃から生み出される難民問題とは全く違う。しかし、冷戦後の世界経済と国際関係の変化・発展に伴う資本と労働の移動(移住)に関わる今日的問題を的確に反映している。ロシアのウクライナ侵攻がウズベキスタンや中央アジア諸国の政治や経済に与えた衝撃は複雑で、ロシアへの労働移住と出稼ぎ収入を増大させる一方で、移住先の世界的拡散と多様化、経済機会の増大を生んでいる。日本への移住が増えているのもその一つである。
日本もこれまで海外からの移民や労働力移入を認めてこなかったが、少子高齢化に伴う労働人口の減少や経済社会構造の変化、国際競争力の低下などから海外労働力の受け入れを考えざるを得ない状況に追い込まれている。技能実習生制度は途上国への技術支援と人材教育を絡ませた対外開発協力の一環と位置づけられてきたが、内外情勢に激変に対応できず、加えて実習生の失踪や人権侵害の事例が相次ぎ、育成就労制度に改変された。今日の世界経済と国際関係の流れ、日本の経済社会の変化や政策選択の視点から、日本は経済社会改革、民度の向上、多様な文化の受け入れ、「共生と協創の社会」構築を基礎に、移民問題と真摯に向き合う必要がある。
『ウズベク移民と日本社会』を読んで強く感じたのは、ウズベキスタンの若者たちが国を離れ、海外をめざす流れが、冷戦の終焉とグローバル化の動きを歴史的背景に、欧米諸国から日本へと拡大、新たな条件を創出しながら急速に規模と速度を増している現実である。ここには、移民問題を超えた、ウズベキスタンの30余年間に及ぶ国家建設と経済社会発展の歴史と成果が投影されており、他の中央アジア諸国の発展とつなぐと、冷戦後世界と国際関係における重要な変化が見て取れる。
ロシアのウクライナ侵略はウズベキスタンはじめ中央アジア諸国の経済社会に衝撃を与え、危機や困難を作り出した。同時に、新たな機会や可能性も生み出されている。この歴史的な考察とグローバルな視点を組み合わせ、日本も政策的進化と制度改革を急がねばならない。

(編者:ティムール・ダダバエフ筑波大学人文社会系教授/園田茂人東京大学東洋文化研究所教授。評者:唐沢敬国際研究インスティチュート代表・立命館大学名誉教授)