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ロシアのウクライナ侵略、なぜ邪悪なのか?

「世界1,2の核超大国」を自認し、最新鋭の兵器で武装した19万の軍隊を動員して開始したプーチンのウクライナ軍事侵攻から1ヶ月が過ぎた。しかし、当初予定したとされる「2~3週間での勝利」はおろか、ウクライナ側の国を挙げての抵抗を前にロシア軍は随所で苦戦し、前進を完全に阻まれている。ロシア軍の死傷者はすでに10,000~20,000を数え、5名の将官の戦死も伝えられている。

ロシア軍はなぜ勝てないのか?最大の理由はこの戦争の持つ史上稀に見る邪悪な特質がある。ロシアのウクライナ軍事侵攻が邪悪である最大の理由は、これがウクライナ国民の民族自決権を否定し、「主権と領土の一体性」を踏みにじり、国土と国民を切り裂き、国際法と国連憲章に違反する侵略戦争となっていることにある。第二次世界大戦後、かつて帝国主義諸国の植民地・従属国であったアジア・アフリカの多くの国が独立し、経済的繁栄を勝ち取り、国連加盟国も193ヵ国を数えるまでになっている今日、核保有国がこれほど乱暴に他国(他民族)、とくに非核保有国の自決権を否定し、国際法と国連憲章を蹂躙した例は他にない。

歴史を振り返ると、第一次世界大戦を前後して旧帝政ロシア支配下の「東方諸民族」による民族自決の動きが活発化し、ロシア革命(1917)を指導したレーニンの「無賠償・無併合・民族自決」を謳う「平和に関する布告」につながった事実がある。ただ、ここでの民族自決は当時の東方諸民族にとってソ連邦への再組織化の意味を持った条件付き自決権であったため、ウクライナでは完全な独立をめざす抵抗運動が組織された。

このウクライナ人の抵抗の歴史と民族的覚醒、自由な発展への希求が今回のウクライナ国民の根強い反ロシアの抵抗闘争の裏にあることは間違いない。

民族自決権自体は植民地を含む他領土、他民族の強制的併合を否定し、個々の民族の自決を支持するもので、当時のウッドロウ・ウイルソン米国大統領もこれを評価していた。その後、それは国連憲章第1条2,国連総会決議第1514号(1960.12.14.)において認められ、国連や諸国家の各種行動を経て、今日、国際法上の明確な権利として確立している。

プーチンのウクライナ軍事侵攻が邪悪である第二の理由は、この戦争が最先端の科学技術と兵器を動員し、核・生物化学兵器の使用も射程に入れた科学戦と相手側兵士・一般国民を極限まで追い込んでいく心理・情報戦を織り交ぜた「ハイブリッド戦争」となっている点にある。

ロシアの戦略をつぶさに分析すると、通常の軍事力、核戦力、外交機動力、情報・心理戦、ハイブリッド戦略等を複雑に絡ませて危機を極限まで煽り立て、“混沌”を生み出し、相手側に妥協を強いようとする、執拗で悪意に満ちた意図が浮かび上がってくる。

ウクライナ軍事侵攻をめぐって国内外に虚偽の情報やフェイクニュースを流し、自国民をもだまし続けるのもこの邪悪な侵略戦争の重要な要素となっている。その結果、今日、ロシア国民のかなりの部分が偏狭なナショナリズムとプーチンの邪悪な思想の虜となっている。

そして、第三は、プーチンのウクライナ侵略戦争が軍事対象はおろか、一般国民・女性や子供も対象とした無差別攻撃を戦略の一つとしている点だ。残念ながら、非戦闘員の一般国民が戦禍に巻き込まれ、犠牲となるケースはこれまでも沢山あり、特別なものではない。もちろん、許されるものではないが・・・

しかし、今回のロシア軍によるウクライナ侵略は住宅や市場、学校、病院等に大規模にミサイルを撃ち込み、一般市民の恐怖心を煽る無差別攻撃が主体となっている。

原発等原子力施設への攻撃も危機と恐怖心を煽る心理戦、ウクライナが核開発の準備をしていたとする情報戦の意図を持っているが、まかり間違えば幾百万の市民を被爆させる、絶対に許すことのできない人道に対する犯罪行為である。

なぜ、ロシアはこれほどひどい非人間的な侵略戦争に踏み込んだのか?プーチンは気が狂ったのか?世界中の人々が大きな疑惑と恐怖を感じたのも当然である。しかし、プーチンは気が狂っているわけではない。ただ、極めて邪悪な思想の持主であることは間違いない。あらゆる国内指標から判断して、ロシアは最早超大国ではない。国内総生産(GDP)は韓国に次いで世界11位、経済は停滞し、2009年以降の成長率は1%、2020年、ロシア経済はパンデミックで3.1%縮小した。豊なのは石油・天然ガス等のエネルギー資源賦存量だけ。明らかに、大国としての野心と弱い能力との間に引き裂かれた国の姿が見えると欧米の専門家は分析する。そこから出て来るのが、より邪悪な第四の思想だ。それは、技術力、経済力、金融力では劣るが、核を含む軍事力、外交力、諜報能力では相対的な力をまだ保持しているとする自覚である。ロシアの真の強さはモノを作る能力、建設する能力にあるのではなく、国家や制度を破壊する能力にあると言い切る専門家もいる。そこから出て来るのが、”混沌戦略“といわれるプーチンの特殊戦略である。

”混沌戦略”の本質

本年1月、カザフスタンで騒乱事件が発生し、ロシア主導の集団安全保障機構(CSTO)に支援を求めたことがあった。当時、プーチンに近いロシアの専門家がおぞましいばかりの国家主義的思考と旧帝政ロシアの判図の回復を意図するかごとき歴史観を滲ませて注目を集めた。

T.ボルダチェフの論稿「隣国と危機:ロシアの新たな挑戦」(2022.1.13.)がその一つ。それによると、「ロシア周辺のコミュニティは、①自国の軍隊で安全と生存権を確保できない国家群で構成されている、②西のエストニアから東のキルギスまで、激しい国際環境の下ではこれら諸国の生存は核超大国の一つとの関係によって保障される、③このような関係性は外部からの侵略だけでなく、内部の状況に対しても決定的な意味を持つ」というものであった。

旧ソ連の周辺諸国の領土・主権を尊重せず、これら地域を「グレイゾーン」と呼び、「核超大国のロシア」との連携のみが自国の安全と生存を確実にするという主張は独善的で、これら諸国の主権と領土を否定し、冷戦後の国際秩序を覆そうとする意図に基づくもので、今回のウクライナ侵略につながる考え方であった。プーチン大統領によれば、「ウクライナはロシアが造ったもので、歴史的・文化的・精神的にロシアと不可分の空間」というが、これはウクライナの独立と民族自決権を否定し、同国をロシアの影響下に引き戻そうとする身勝手な歴史観によるもので、「旧帝政ロシアの判図の復活」以外の何物でもない。

ただ、今から考えると、ウクライナに対するプーチンの“邪悪な戦争”の本質は彼の進める”混沌戦略”の分析なくしては把握できない。これまでの目立った動きを追うと、南オセチアとアブハジアをめぐるグルジアへの軍事侵攻(2008)、ウクライナのクリミア併合(2014)に続き、ロシアは武力による国境の変更、度重なるサイバー攻撃、米欧諸国への選挙干渉、国内反対派の暗殺、情報漏洩キャンペーン、クーデターの試み、近隣諸国での権威主義体制/独裁者の育成等がある。これまで、西側諸国の分析家の多くは、これらの動きを単発的に捉え、相互の関連性と本質の把握に欠けていた。今回のウクライナ侵略の動きとの関連で分析すると、これらの動きの背後にあるロシアの比較優位(核軍事力、外交力、ハイブリッド戦争)の最大化を意図するプーチンとロシアの“混沌戦略”の本質が見えてくる。

プーチンの“邪悪な戦争”を許してはならない!

軍事侵攻の開始から1ヶ月、プーチン大統領とロシアは予想以上に困難な状況に追い込まれている。それは、何よりも、この戦争が大義の全くない侵略戦争であり、ウクライナの主権と領土を侵し、国際法と国連憲章に違反し、国際的な平和と繁栄への挑戦となっているからである。歴史に残る全ての戦争から引き出せる一つの結論は「大義のない戦争は必ず失敗する」という教訓である。とくに、国家と民族の存亡をかけた戦争を戦う国民は強く、ウクライナ国民は、いま、夥しい数の死傷者、海外避難者を出しながら、強力な国際世論と経済軍事支援に支えられて不屈に戦い、過酷な戦争に必死で耐えている。

ただ、戦線が膠着し、軍事的手詰まりが明確になればなるほど、戦闘は残虐さを増し、市民の犠牲者も増える。ロシア軍が地上軍の進軍の手詰まりから、自国やベラルーシの領土内からの長距離ミサイルを多用する動きに戦術を変えてきていると伝えられるのもそのためである。直近では、捕捉が困難とされる超音速ミサイル「キンジャル」の投入があった。

ただ、それ以上に懸念されるのは、生物化学兵器と戦術核兵器の使用が現実味を増してきていることである。冷戦の最中、米ソとも核兵器は戦略・戦術を問わず厳重に管理していた。しかし、核兵器の精密化と小型化が進んだ今、限定された目標への戦術核兵器の使用は恐ろしい速さで自由度を増している。抑止戦略の引き上げを命じたプーチンの先の大統領令は核使用の懸念が現実のものになっていることを世界に知らしめた。世界はこの狂気を絶対に許してはならない。

ウクライナ戦争の発生と進展に合わせ、日本では、そのアジア太平洋への影響が取り沙汰されている。「台湾有事」と尖閣諸島を巡って予想される中国の動きへの懸念が背景にある。これは、中国・北朝鮮の核を果たして抑止できるのかという議論とも重なる。

しかし、問題はそれだけだろうか?ゼレンスキー・ウクライナ大統領が日本国民・政府・国会向けに行ったオンライン演説(2022.3.23.)は、深い共感・感銘と共に、巨大な課題を日本に提起した。それは国際法を踏みにじる侵略者への制裁の継続・強化であり、機能不全に陥っている国際機関(国連・安保理)の改革、侵略を予防する「新たなツール」構築へのリーダーとしての自覚と役割である。

プーチンのウクライナ侵略は、「核保有国が非核保有国を核で脅す」という「邪悪な戦争」の実体を見せつけたが、戦術核の使用も辞さない”混沌戦略“の危険な本質も暴露した。「広島・長崎」を経験した唯一の被爆国家として、核兵器使用の現実的脅威を取り除き、世界の平和と安定を引き寄せる知恵と努力を組み立て、世界をその方向に引っ張っていく特殊な責任と任務が日本にはある。

わが国は、ウクライナ国民とゼレンスキー大統領の期待に応えつつ、この責任と任務を全うしなくてはならない。これは恐ろしく困難な課題であるが、大胆なパラダイムの転換と安全保障確立への抜群の知恵、国力と政策的能力の強化を急ぐ必要がある。そのための精緻な対応と国民的議論を組織していく時と考える。(2022.3.25.)


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