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 約2か月の大幅な外出自粛体制という社会変革を経て、多くの国民の生活リズムはテレワークの拡大など在宅での生活環境に移行していった。
 学校が閉鎖された中高生たちの生活も同様なようで、SNSでわからない問題をアップロードしたり、それに対し下名を含め有志が解法を示したり相談に乗ったりという状況が広がっている。また、チャート式問題集で有名な数研出版なども問題集の解説動画を無料配信するなど、商業的な教育サービスの形態も変化しつつある。
 娯楽の面においても、電子書籍やオンライン飲み会などの需要が増し、ネットを軸とした娯楽サービスが拡大している。

 一方で、報道については、報道機関の責任ではないものの、事態の進展が鈍いために1週間前や2週間前と同様の報道が流れる状況であり、視聴者の多くは特にテレビの報道に飽きているような声もある。
 更にそれに拍車をかけるよう、先日のテレビ朝日の番組にて、インタビューを受けた専門家たる医師の声が全く逆の意見の形に切り貼りされ報道されるという、最も信頼を失すべきでないこの状況下において、報道機関自体の信頼を下げる由々しき事象が起きた。
 結果として、多くの市民は、生活に必要な情報から一娯楽に至るまで、ネットやSNSへの情報源のシフトということが本格的に起きている。

 そもそも、情報の供給者のほとんどは、“善意”に基づいて情報を発信している。 しかしながら、この“善意”とは、あくまでも発信者の主観的なものであり、傍目から見たときに単なる自己満足にしかなっていないこともある。
  最近ではこの体制下で営業している事業所に対し、コロナウイルス拡散の抑制という“善意”のもと、過激な警告な活動について、「自粛警察」という名称が浸透しつつある。様々なメディアで拡散されている「自粛警察」の姿を比較するに、「自身が反撃にあわないよう極力匿名性を高めている」「店のウイルス拡散への対策の理解の欠如」などが含まれるものが、自己満足的な“善意”とみなされ「自粛警察」と揶揄されているように思われる。

 このように、“善意”が社会的に許容できるものか否かという判断を行うためには、広く開放されたネットの世界など多くの人々の声に晒される必要がある。逆をいえば、“善意”を反駁できないような閉鎖された環境下において、この“善意”が暴走する可能性は往々にしてある。 あくまで極端な事例ではあるものの、連合赤軍による群馬県山中での集団リンチ事件も仲間をより成長させるための“善意”の結果のものであり、オウム真理教信徒による殺害も「現世における罪をこれ以上増させないために解脱させる」という“善意”の下の行動であったと、一部の関係者は主張していた。 このように“善意”が閉鎖された環境において、情報発信者の扇動により、社会に許容される範疇を超えたものに変質する危険性がある。

 元来、ネットやSNSは情報が極めて膨大という特性から、各人の嗜好に合わせた広告を供給するパーソナル広告システムなど、情報を自動で抽出するシステムが成立している。平時においてとても役に立つシステムではあるものの、他の情報源に制限が掛かり自然と閉鎖的な状況にある現状では、情報の幅をおのずと狭めていく側面が顕著となる。 ネットの情報の問題点の一つは、情報が膨大かつ多様である以上、情報の質にも大きく幅があることで、時に中学や高校の教科書を開けば、忽ち誤っているとわかるような情報も広く出回っている。

 その正確性を判断できない者が、反駁を受けづらい環境下において、あくまで“善意”でかみ砕かれ発信される情報に対し、自然と狭まっていく情報を鵜呑みにし、それをもとに活動すれば、社会的パニックの火種など、極めて危険な状況が生じるリスクがある。 これに抗うためには、情報の正確性を判断する能力を各々が研鑽せざるを得ない。

 昔から、タダより高いものはない、という言葉があり、現在のこの情報化社会における情報という商品も例外ではない。ネットが広く開放されている以上情報自体がタダで手に入らないという意味ではなく、その情報の価値を見極めるために労力やお金を注ぎ込む必要が表れている。

 コロナ動乱の最中ではあるものの、この事態の収束後も引き続きこの能力は、今後の情報化社会において不可欠な能力である。この能力は一朝一夕で身につくものでなく、義務教育の教科書にすら反駁される情報に翻弄されている現状を鑑みるに、社会の変革に耐えられる普遍的な学問に立ち返り、原点から一つずつ積み上げていかざるを得ない。独りよがりの“善意”にほだされ翻弄されないようにするために、古典的で基礎的な学問を学ぶことがいかに重要であるか、この緊急事態において改めて実感した。

   IIS運営委員 T


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